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中国で変質した仏教ーその2

天台大師の法華経と観無量寿経

天台大師が臨終に望んで「法華経と観無量寿経の二部の経題を唱えさせた」と生前に「常に弥勒菩薩の浄土である兜率天に往生することを願い、臨終の時には観音菩薩が勢至菩薩と共に迎えに来るであろう」という事を妙楽大師の記録にあったことを前のページに書きました。それをまとめますと、以下の二点ですね

◎法華経と観無量寿経の二部の経題を唱えさせた
◎弥勒菩薩の浄土である兜率天に往生することを願った

一点目の法華経の経題とは法華経の題目ですね。そして観無量寿経(観経)は、「いづれの行もおよびがたき」罪悪の凡夫でも、南無阿弥陀仏のお念仏を称えることによって救われ、極楽に往生できることを説く経典です。観無量寿経の経題とは言うまでもなく念仏の事です。天台大師は題目と念仏を両方唱えさせたということです。

つぎは「兜率天に往生」ですが、この兜率天と阿弥陀仏が住むといわれる極楽浄土は、ちょっと隔たりが大きすぎませんかね。西方十万億土を経た所にあるといわれている阿弥陀さんの仏国土と欲界三十三天の内の兜率天。

智顗さんは自分の後生の居るところを西方か、天界の兜率天としたのですが、西方十万億土には阿弥陀如来がいて、汚れもなく、悪人のいない、そして女性もいない清浄無垢な世界だそうです。そこに往生した人は蓮の花の上で穢土と言われるこの世界のように雑念に悩まされることなく、集中して修行に励み、そして解脱するので、実はこの世の修行をあの世に持ち込んで、瞑想に励んで再修行してようやく解脱する二段階ステップ方式ですね。

そしてもう一つの兜率天は、ご存知弥勒菩薩が五十六億云々という長き時間の末に下天を待っている場所です。空海さんもそこに行って共に下天して最終説法を聞こうと手ぐすね引いてます、そこへ天台大師智顗さんは空海さんの前に、行きたいと念願していたわけです。

兜率天と阿弥陀浄土は、実はご近所

こう書くとSF小説か、漫画みたいな話なんですが、根本仏教のインドではこの世界認識のひとつに三界というのがあります。三界とは欲界・色界・無色界ですが、天界と一口に言っても色々あるようで、我々人間が住む世界の上に四大王衆天・帝釈天を代表とする33の神様がいる三十三天・その上に地居天・夜摩天・兜率天・楽変化天・そして欲界の王者である第六天魔王がいる他化自在天。この上に色界がありずっと天上が並んで、無色界へと続いています。

兜率天とは欲界の六欲天の下から数えて第4の天部です。内院と外院があり、内院は将来仏となるべき弥勒菩薩が住するとされ、外院は天衆の住む所とされています。

次に阿弥陀の浄土ですが、阿弥陀如来の梵名はアミターバといいます。阿弥陀と中国で翻訳された時に音写されたそうです。梵名のアミターバは「無限の光をもつもの」の意味で、これを漢訳して・無量光仏、無量寿仏ともいいます。無明の現世をあまねく照らす光の仏だそうで、それに包まれているのが西方にある極楽浄土という仏国土です。ちょっとこの辺がキリスト教の神概念とカブっています。

浄土教の教えはこの世は穢土だから、四悪道の無い浄土で蓮の中に往生して修行する、というてテーゼがあります。阿弥陀仏の四十八願の第一願に 「私が仏になるとき、私の国に地獄、餓鬼、畜生があるならば、私は悟りを開かない」と書いてあり、梵本(サンスクリット)と蔵訳(チベット)は第四の悪道・阿修羅も含めて「極楽浄土には四悪道がない」と書かれています。つまり人界と天界の善良なる人が住むところ悪趣に赴けないだから浄土なんですね。

次の願で誓うのは、極楽浄土から 他の仏国土に転生するとき(涅槃)にも、地獄を始めとする三悪道には決して堕ちないという約束があります。詳しい事は省きますが、阿弥陀仏の誓いの中では第十一願に「私が仏になるとき国中の人・天が悟りを開くと定まっている位に達し、かならず悟りに至るようでなければ、私は悟りを開かない」があります。ここに住すればいつかはかならず悟れると保証しているのです。これは悟りから迷いには落ちない不退転という位です、別名は不還果、けっして人界にも戻らない果報を受けるわけです。

これ実は根本仏教の修行過程では修行者が悟りの大いなる流れに預かった果報(預流果)から不還果に至り次は阿羅漢を目指して修行という事です。アビダルマという仏教教理学に分類されている、梵天界の中の色界梵天の最上位には、不還者だけが往生できる「浄居天」があります。この浄居天イメージを映したのが極楽浄土と言われるゆえんです。阿弥陀如来の極楽浄土は、初期経典にある不還果の聖者が行く浄居天(梵天)から発展した経典だと言われています。

保険をかけた天台大師・智顗の信仰

ということで、天台大師が入滅に際し観無量寿経を誦させたひとつは、浄居天往生が思惑にあったと思われます。仏道修行をして不還果となった人間だけが転生できる天上神々の世界、その浄居天での一生を終えますと、自動的に涅槃に入るわけです。

次に兜率天を願ったのは、先ほどの仏道修行者の位に、沙門から預流果、そして一来果、さらに不還果で阿羅漢として涅槃なのですが、不還果に若し達していなかったら、その下の一来果です。
これは今生終わって、輪廻転生しても三悪道に堕ちることはなく、人界と天界の間を一往復する間に、つまり次にもう一度人界に生まれたときには阿羅漢に悟ります。有名なのは兜率天の弥勒菩薩です。この方はもう一度人界に出てくれば、涅槃入りです。かつては釈迦もここで下天するのを待って、インドに誕生され涅槃されたという事になっています。

天台大師は、兜率天入りを願ったのもうなずけます。つまりどうあっても涅槃入り出来るように二つ保険をかけたんでしょう。しかし、こういうことってどうなんでしょうか。天台宗は華厳宗との争論で即身成仏を標榜し、その悟りは頓悟といって少しずつ悟っていくのではなく、一挙に悟る悟りであると天台三大部にも詳説していて、自分の入滅に際しては、すべて投げ捨てて従来の仏教観に託して、二つの保険をかけるとはちょっと宗教家らしくないですね。

日本仏教はインドから直接に経典を輸入した訳ではないですから、上記のように中国を経由した弊害は、天台大師智顗の例を見ても、色々まずい所は事実は長らく伏せられ、いい話ばかり流されたわけです。しかも朝廷から多額のお布施を持って海の向こうから来たのですから、天台宗も疲弊していた事もあっていいお客さんだったわけです。

過去形になりつつあった仏教学問を輸入した最澄

空海は当時最新と謂われた密教を学ぶために二十年間分の滞在費用をもって入唐求法しましたが、授法するために、わずか数年で使いきりました。しかも密教は中国では人気のピークを過ぎ、中国密教の第七祖・恵果和尚は傳法者にも困るような実情でした。

最澄もまた法華経の「円」に加え「戒」「禅」「密」とあわせて四宗相承して各宗派の伝法資格をそれぞれ持参金を持って受けたわけです。中国では仏教は禅に収斂しつつあった時代です。最澄は前時代の学問を持って帰った為にその後の日本仏教にも色んな不幸が出てきました。

すでに中国では天台宗も没落の影があり、しかもインド仏教は中国化して道教や儒教と混在した仏教のようなもの、と成り果てていたのですね。

最澄の『一心金剛戒体秘決』に〈諸法幽玄之妙〉というのがありますが、この幽玄と言う言葉、中国の道教の大家・老子に『玄之又玄 衆妙之門』という語がありますが、これは道教では分別をもってしても、表すことのできないような、太極真理を顕わした微妙のところを言ったものですが、中国に仏教を輸入しようとした時に、翻訳の際に、道教の玄を借用して空義を説いたそうです。

漢字では幽玄の「幽」は、かすかで奥深いこと、「玄」は暗く奥深いことです。

玄は暗いという意味から死後の世界や、また老荘思想の根源極地を意味していました。

老荘思想の幽玄は、先ほどの「玄之又玄」指していますが、中国で翻訳された般若経の解説書『金剛般若経疏』には「般若幽玄、微妙難測」という解釈がされ、仏の知恵が深遠奥妙にして窮知し難いもの、分別をもってしても、表すことのできないような、いわゆる言語道断心行所滅であると語られています。

こういう言葉の使い方は、梵語を翻訳の際に借用したものが、その元意を離れてその後も乱用され、仏教真理把握の際に非常に道教の影響を受けたまま、経典解釈に非常な混乱を来たしたものです。

また中国でインテリ層におおいに流行した禅もこういうのがあります

◎『臨済禄』に「道流 把得便用 更不著名字 号之為玄旨」(道流、把得して便ち用い 更に名字に著せず  之を号して玄旨となす)

意味としては「求道者達よ、元旨を把握して、自在に活かせよ。ものの名前に執着するな。それが真理だ。」と、これも大体、玄旨という語は、言語や思惟を絶した深奥にして微妙な理を意味するわけですが、元は道教です。
こうしてどんどん道・仏は融合していって、お互いの境界を曖昧にしていったところに、日本から遣隋使や遣唐使がこうした歪められた仏教の考えを、真説・仏教としてどんどん輸入していった訳です。